九州遺産の旅

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三井三池炭鉱 万田坑跡 [熊本県荒尾市]

日本の近代化を牽引した 炭坑マンたちの夢の跡

万田坑 1「昭和22年頃が最盛期だったですね。その頃は、約3500人もの人が働いていて、それはもう、大変な賑わいてした。でも、だんだん値段の安い輸入石炭に押されていって・・・。値段が国産の三分の一だったですからねぇ・・・。で、昭和29年には、あそこに建っていた第一竪坑櫓が解体されて、平成9年に閉山してしまいました。もしあの櫓が残っていたら、もっとすごい遺産になっていたんですけどねぇ・・・」

ここは三井三池炭鉱 万田坑跡。旧三井財閥が総力を挙げて整備し、大正~昭和の約百年を通して日本の殖産興業を牽引した、我が国最大の炭鉱である。お話を伺っているのは「万田炭坑館」のボランティアガイド・高橋さん。かつて、ここ万田坑で使用されていた機械を製作されていた方だ。その訥々とした語り口は、まるで万田坑の最盛期の世界へ引き込むような臨場感で、私の心に迫ってくる。目の前にそそり立つのは、万田坑のシンボル・第二竪坑櫓。満身創痍で佇むその姿は、さながら立ち往生した巨人のようにも見える。

さっそく高橋さんの案内で坑内へ。第一竪坑跡、第二竪坑、汽罐場跡、坑内トロッコ軌条、炭函・・・。どれをとっても、わが国の炭鉱の歴史を知る上で非常に貴重な遺産である。普段は鍵が掛かっている巻揚機室の中にも入らせてもらった。

巻き上げ機

巻揚機

「どうです、これが三井三池製作所製の巻き上げ機です。蒸気で動かす巻き上げ機も残っています。こんな古い機械が残っているのは、日本でもここだけですよ。」

と、誇らしげに語る高橋さん。直径8㎝もあろうかという太いワイヤーをまとった重厚な巻揚機が、いまにも動き出しそうな気配で鎮座していた。巻揚機室を後に向かったのは第一竪坑跡。第二竪坑の二倍の大きさを誇り、三井三池で最初の総鋼鉄製の櫓は、昭和29年に解体され、北海道の芦別で第二の人生を送ったが、既にスクラップになって久しいという。

荒尾の町と共に年を重ね、いまは静かなまどろみの中朽ち果てつつある万田坑。我が国の近代化の礎を築いた夢の跡を歩くと、石炭産業の全体像とその悲しい終焉を、しみじみと実感できた気がした。

取材・文/前田 信次

 

三井三池炭鉱 万田坑跡

荒尾市原万田213番地31  TEL 0968-64-1300 (万田炭坑館)

(料)見学者1人につき200円

※万田坑ファンクラブの立会い・ガイド付き。見学予定日の1週間前に要予約

【アクセス】

JR鹿児島本線荒尾駅下車、車で約10分、九州自動車道南関ICから県道荒尾南関線(県道29号)を通り車で約30分

 

 

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